Paper Dokuhon Blog ~SKY HIGH~

思ったこと、いま興味のあることを何でも書いていきます。芸能ネタ、ラーメンネタ、旅行ネタ、サッカーネタ、都市や地方ネタなどが中心になりそう。
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あついぞ!熊谷

首都圏の暑さもここ1、2日はやや落ち着いてはいるものの、それでも日中は30度くらいまで上がる。

1日休みが取れたので、昨年日本最高気温を記録した熊谷へ行ってみた。
駅前に降り立つと、さすがに日差しが射す、いや刺すようだ。

駅前ではミストで気温を下げる仕掛け。打ち水による気化熱の原理だね。
通りかかったソフトクリーム屋で、北海道の赤井川村の山中牧場直送という
バニラソフトクリーム(250円)を買って食べる。しつこくなく、暑い日にはもってこい。
近年売り出し中のかき氷「雪くま」を食べるの忘れた。

日本一暑い街・熊谷。駅前ではミストで温度を下げる。下はラグビーの像。 暑い日はソフトクリームがいい。熊谷駅近くの「サラ」のバニラソフト。北海道の赤井川村の山中牧場直送。

今月オープンしたばかりの「つけめん熊谷学校」。
小学校をイメージした店内。壁には黒板にチョークでメニューが書かれている。
椅子やテーブルいや机は小学校そのもの。BGMは童謡。
つけ麺は最も安いものでも800円と強気の値段設定。
おすすめの特製つけ麺(こんぶ)大盛は、炙りチャーシューに角煮、味玉、
つけ麺には異色のとろろ昆布、と盛りだくさんで1250円。
味は…学校だけに、勉強が足りぬ(笑)。量は充分。
あとはトッピングの種類を増やすか、値段を下げるか、いずれかを努力すべき。

駅前にオープンしたばかりの「つけめん熊谷学校」。やや強気な値段設定。
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古さと広さ~埼玉のいま

久しぶりに実家のある埼玉に帰った。

大宮駅東口は物心付いた頃からずっと変わっていない。
現存する駅ビルや高島屋の他に、かつては西武、中央デパート、長崎屋、十字屋と
デパートが集中する埼玉随一の繁華街であった。
東北・上越新幹線を機に整備された西口にその座を奪われ、
再開発計画も地元商店の猛反対と複雑な権利関係、そしてバブル崩壊で頓挫。
地元商店会では、大宮の語源でもある氷川神社を明治神宮に例え、
「大きなビルがなくても客が集まる原宿みたいな街」を主張していたのだが…。
現在も駅前の道路や主な建築物は昭和40年代のままで、九龍城さながらの古いビルも。
メインストリートの旧中仙道には歩道がない区間さえある。
原宿もいいけれど、やはり政令指定都市の交通の中心にふさわしい形で
社会資本の整備を進めて欲しいものだ。

大宮駅東口正面にある「すずらん通り」。狭く古いアーケード街。

実家に近い白岡町から菖蒲でバスを乗り継ぎ桶川、高崎線で熊谷へ。
大宮へ戻って高崎線に乗った方が早くて便利なのだが、
三角形の二辺を通るのが嫌で、ちょっと変化をつけたかったのだ。ちょっとした旅行気分。
埼玉は秩父方面を除いて関東平野の真ん中にあり、ほとんど平坦でさえぎるものがない。
大宮より先は、少し郊外へ出れば見渡す限りの田畑。
都心から40kmほどの通勤圏とはいえ、東京とは空気や時間の流れが全然違う気がする。
ここ数日のような穏やかな晴天ならばいいのだが、本来は内陸性気候で寒暖の差が大きい。
夏は今年熊谷で日本最高気温が記録されたほどに暑く、
冬は赤城おろしと呼ばれる冷たく乾いた北風が吹いて、肌に刺すようだ。

熊谷市郊外の、スポーツ文化公園。周囲にさえぎるものがない、広々とした敷地。

郊外の熊谷スポーツ文化公園へ。ぜいたくなほどに敷地が広い。
埼玉には海はないが、平地はたっぷりある。
春か秋なら芝生の上で昼寝でもしたいほど。

東急東横線元住吉駅高架化

東急東横線元住吉駅が9月24日(日)始発から高架化、
25日からダイヤ改正。
…駅はきれいになったけど、ホームが遠くなったうえに
元住吉始発終着電車がほとんどなくなってしまった。

駅へ上がるエスカレーター(速い)とエレベーター。駅舎は3階。 改札口。やっと電光の時刻表が設置された(笑)。 改札口の前は屋根のないミニガーデン。この日みたいな秋晴れの日は快適だが、真夏や真冬や荒天の日はどうするのだろう?
ミニガーデンから武蔵小杉方面の眺望。東横線の高架を挟む形で、将来延伸してくる目黒線の橋桁が準備されている。 新装なった元住吉駅に進入する各停。
23日限りでお役御免になった旧ホーム。昭和38年から43年間使用された。 旧ホーム横の踏切も家族連れの散策場所に。しかし車両基地への入出庫があるため、この踏切は現役のまま。ご注意!
新駅の床にはこんな楽しみも。下の線路が丸見え。 新ホーム。中央の目黒線のりばは未使用。 駅舎から眺める新ホームと元住吉検車区の夜景。

かき氷で町おこし 猛暑の街・熊谷

かき氷でまちおこし 埼玉・熊谷

猛暑で知られる埼玉県熊谷市が市内の11店と協力し、かき氷ブランド「雪くま」を20日から展開する。愛好家らによる「日本かき氷協会」(長野県佐久市)も「そんなまちおこしは聞いたことがない」と驚く。
内陸部にある市の最高気温は今年も既に36.9度を記録。「暑さを逆手にとったブランドを」と、かき氷に目をつけた。協力店では地元産果物を使うなどした自慢の一品を提供する。
30日には市のオリジナルかき氷を披露するイベントも。売り物は氷でも、関係者の思いは「いずれは全国ブランドに」と熱くなる一方。

2006年7月18日 毎日新聞 毎日新聞・写真 読売新聞

日本屈指の猛暑を逆手に取ったアイディアは悪くないが、
残念ながら突っ込みどころがいろいろありそう。
ニュースの写真に見る「雪くま」は、
プチトマトとか五家宝(ごかぼ:熊谷特産のお菓子)とか
トッピングが奇抜すぎて、あまりおいしそうには見えないのがつらい(笑)。
それから「雪くま」の名だけど、古くから鹿児島を中心に知られている
しろくま」(練乳をかけたかき氷)のパクりだろ…。

どうも埼玉は昔から、特にとか観光に関してぱっとしないね。
資源がないのは仕方ないにしても、それを補うべきアイディアも
いまいち中途半端で、どこかの二番煎じみたいなのが多く、
独創性とかアピール度に欠ける。
やっぱり埼玉は東京のベッドタウンという役割をわきまえるべきで
それ以上の価値を求めて高望みはするな、ということなのかも(笑)。

日本一小さい警察署のあった町・足尾

日本一小さい警察署に幕 栃木・足尾署

栃木県の旧足尾町(現日光市)の「日本一小さい警察署」足尾署が31日、約100年の歴史に幕を下ろす。警察官は署長以下10人で、警察庁によると警察官配置数は全国最少。足尾町が20日に日光市と合併したことに伴い、日光署に統合、交番に降格される。
 同署は、古河市兵衛が足尾銅山を買収した1877年に「派出所」として設置され、1907年の銅山労働者による暴動事件後に署に昇格した。
 当時、人口は約3万5000人で、署員は55人。うち45人は古河鉱業(現古河金属機械)が給料を肩代わりする「請願巡査」で、労働争議対策に従事したという。

2006年 3月29日 (水)共同通信

銅山の町、鉱毒の町、鉄道ファンにとっては国鉄足尾線(現・わたらせ渓谷鉄道)の終点…。
栃木県上都賀郡足尾町は典型的な鉱山都市として、その盛衰を世間に知らしめてきました。
最盛期には県都の宇都宮市に次ぐ県内2位の人口約3万8千人(1916年(大正5年))を擁し、渡良瀬川の谷の狭い土地に家や商店がひしめきあって、すごい賑わいだったとも聞いています。
今考えると、よく市制を敷かなかったな、と思うのです。もし市に昇格していたら今頃は北海道歌志内市をも下回る日本一人口の少ない市になっていたのですから。
そして合併を前にした平成17年の人口は最盛期の1/10にも満たない3,266人。何度か訪れたことがありますが、最盛期の賑わいが嘘のような、山あいのひなびた町でした。古い家が並ぶ坂の街を歩いていても人通りが非常に少なく、過去の栄光があるだけに余計にもの寂しさを感じたのです。
こんな所に警察署があること自体驚きですが、上記のような繁栄の歴史の名残であると同時に、山に囲まれて他の地域との交通が不便であったことも一因でしょう。

足尾町は20日、日光市や今市市などと合併し、新たな日光市として再出発しました。そして足尾の繁栄の証人でもあった足尾警察署も、日光警察署管轄の交番として引き続きこの静かな町の安全を見守っていきます。

青函トンネルの吉岡海底駅廃止

青函トンネル新幹線工事のため吉岡海底駅を17日で廃止

本州と北海道を結ぶ青函トンネルは1988(昭和63)年に開通した。
その際、災害発生時の避難所としてトンネル内2ヶ所に作られたホームを
観光資源として活用する案が浮上し、本州側の施設を竜飛海底駅
北海道側の施設を吉岡海底駅と名づけ、世界で2ヶ所だけの海底駅として
見学コースという形で一般の人が乗降できるようにしたのである。

私も青函トンネルが開業して数年後、吉岡海底駅に降り立った。
トンネル内は年間を通じて温度差が少なく、2月の厳冬期だったがとても暖かい。
全員が引率のJR職員氏に連れられて駅、いや施設内を歩く。
壁の下にある溝を大量の漏水が流れている。
職員氏の説明を聞きつつ、トンネル内の様々な設備や、
津軽海峡に棲む魚を展示するミニ水族館(今もあるのか?)を見学し、
「海底から家へ電話を」とかいう誘い言葉に、海底に設置された公衆電話から
自宅ならぬ知人の家へ用もないのに電話してみたり。

そんな吉岡海底駅が北海道新幹線工事のため17日限りで廃止、
資材置場に転用されることになった。
世界に誇る日本のトンネル掘削技術の集大成といえる青函トンネル。
その一端を知ることができる施設が消えるのは寂しいが、
幸いにも相棒の竜飛海底駅は営業を続ける。
最果ての竜飛岬や、そのそばにある階段国道ともども、
訪問できる日を楽しみにしていよう。

停留所にネーミングライツ

富山にあるローカル線のJR富山港線が、来年から路面電車に改装され「富山ライトレール」として再出発する。
路面電車化に際して様々なサービス改善が予定されており、駅(停留所)の増設もその一つであるが、計4ヶ所増設されるこれらの停留所に「ネーミング・ライツ」(命名権)が導入されるという。

ネーミング・ライツとは、文字通り“名前を付ける権利”であり、この権利を例えば「3年間で5億円」とかで企業に売ることによって、その施設の維持費などを捻出するのだ。欧米では野球場やサッカー場の維持や赤字縮小のために以前から盛んに行われてきたが、日本でも一昨年あたりから「味の素スタジアム」「フクダ電子アリーナ」など導入例が増えている。
これまでのネーミング・ライツは大規模な施設が対象であったが、富山ライトレールの場合は停留所であることがユニーク。サービス改善のための停留所整備費調達や、開業後に予想される赤字の減少を狙っての思い切った作戦といえるだろう。
「○○前」という名称は停留所では当たり前だが、停留所に縁もゆかりもない企業や団体の名前が入るのである。金の論理で由緒ある地名や地元固有の施設名がないがしろにされるのは、地元の立場として抵抗もあるだろうが、金銭的に成功すれば全国の鉄道会社やバス会社、自治体などの注目を浴び、後を追う例が急増すると思われる。
誰か鉄道ファンでこのネーミング・ライツを買う物好きな金持ちはいないか?(笑)
プロフィール

児山尚喜

Author:児山尚喜
新潟生まれの埼玉育ち。AB型。
自称・まじめな勤め人。ただの町人。
好奇心大。趣味多数。しかし何一つ仕事に生かされておらず、職場では一目置かれるどころか“役立たず”扱いらしい。おかげで出世レースからも早々と脱落し、ますます趣味にのめり込む悪循環の生活を送っている。
1990年代前半にごく一部で話題になり篠原涼子などを輩出した女性アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」のファンを自認するが、今はグループ自体が消滅して、ここでも宙ぶらりんの状態(笑)。
サッカーなどスポーツ観戦も趣味だが、Jリーグより先にJFLを観戦し始めたマイナー志向派。10年以上に亘って見続けてきた富士通サッカー部が川崎フロンターレになり、とうとうJ1に上がってしまった。でもマイナー意識は抜けず…。

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