Paper Dokuhon Blog ~SKY HIGH~

思ったこと、いま興味のあることを何でも書いていきます。芸能ネタ、ラーメンネタ、旅行ネタ、サッカーネタ、都市や地方ネタなどが中心になりそう。
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雪じゃ

温暖化で暖冬が当たり前みたいになってきているが、今年の冬は冬らしい寒さ。
しかも関東でも降雪。うっすらとだが銀世界に。
今日は道で何人すべるかな?あっ、受験シーズンだ、すまぬ。

うっすらと銀世界。
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またまた名古屋

いったい今年は何度行ったことやら。名古屋。
今回もまた、ともろー氏のライブが目的なのだが、
これまでに増して多忙で、慌しく日帰り。

東海地方では定番中の定番、寿がきやのラーメン。
以前は関東のスーパーなどにも出店していたが、バブル崩壊を機にすべて撤退し、
現在は静岡県より東ではインスタントラーメンでしか食べられない。
名駅の新幹線側地下街のエスカ店にあるランチセット。ぜひ食べるべし。
すがきやエスカ店のランチ。ラーメン+まぜごはん+温泉玉子。

高層ビル建設ラッシュが続く名古屋駅周辺。
駅正面にそびえたつミッドランドスクエア(豊田・毎日ビル)
先に建設された名古屋駅ビルのJRセントラルタワーズよりわずかに高く設計され、
現時点で中部地方最高の高層ビル。
その46階の展望台「スカイプロムナード」から見た風景
中央に見えるねじれたようなビルは名古屋モード学園のスパイラルタワー。
高層ビル建設ラッシュが続く名駅。駅前のミッドランドスクエア屋上から見た風景。

今回のナナちゃんは日本郵便に雇われて(笑)、年賀はがきのPR。手に筆。
着物風衣装だがミニなのは美脚を見せるためだろうか。
今日のナナちゃんは年賀はがきのPR。右手に筆を持っているのがポイント。

今回も会場はハートビートカフェ。ライブ模様→こっち
クッキー入りチーズケーキ、打ち上げ時のパスタ各種、みんな絶品。
また、今度はゆっくりお邪魔させていただきます。
ハートビートカフェのケーキ。今回もおいしゅうございました。

岐阜・富山旅行 その4(最後)

8/7(金)

富山で迎えた最終日。

自動車の普及と道路の混雑に伴い、昭和中期まで各地で姿を消していった路面電車。
それでも北陸では富山、高岡、福井で路面電車が健在。
しかも今、エネルギー節約や環境保護から路面電車が見直されつつある。

かつてのJR富山港線を改修して2006年に生まれた
次世代の路面電車、富山ライトレールに乗った。

新時代の路面電車として話題の富山ライトレール。かつてのJR富山港線を改修。 開業3周年記念で、こんなイラスト電車も。 終点・岩瀬浜駅。地元のフィーダーバスと連絡。

JRから富山ライトレールに変わるにあたり、軌道も駅も大改修。
駅のホームはJR時代の高いホームを取り壊して路面電車仕様の低いものに。
駅数も増やし、一部にネーミングライツを導入。「粟島(大阪屋本社前)」とか。
JR時代は1時間に1~2本程度だった本数も15分間隔に大増発。

車内は床が低くて乗り降りしやすい。
suicaやpasmoと同じようにお金をチャージして使うICカード「パスカ」も導入され、
お年寄りが当たり前のように入口のカードリーダーにパスカをタッチする光景には
ちょっと驚かされた。開業3年でここまで普及していたのだ。
地元の人の他に、カメラを構える中年“鉄”の姿も。

将来、JR富山駅の高架化が完成後は、駅の反対側にある
既存の富山市電に乗り入れる構想も。
富山市民の足として、鉄道ファンや鉄道関係者の注目の的として、
大事に育てて欲しい。

天気が悪くてあまり歩き回れなかったが、
富山市街で見た光景をいくつか。
レトロな雑誌や置き薬が並ぶ棚、じゃなくて駅のホームの広告。 富山駅北口のビル前広場には、ランチタイムに屋台村が。東京の雰囲気。 富山の薬売りの像がのった郵便ポスト。ご当地ポストも楽しい。

残念だったのは、富山には金沢の近江町市場のような、
市民の台所と呼ばれる大規模な常設市場が市街にないこと。
観光案内所で教えられた、郊外の直売所にバスで行ってみたが、
台風で海が時化て魚が入荷しなかった可能性を差し引いても、
規模も品揃えも論外だった。
海産物は駅近辺の土産物屋で買うしかない。
あるいは氷見あたりまで足をのばすとか。

夕方の「はくたか」~「とき」で帰京。
天下の険・親不知海岸は海上に北陸自動車道の橋脚が立ち、景観がぶち壊しに。
長野方面は豪雨だとかで、直江津では接続待ちで5分ほど遅れたが
越後湯沢到着時には遅れは2分に。結構余裕あるダイヤなのだな。
ほくほく線はほとんどトンネルで全然面白くない。
越後湯沢で途中下車して新潟の土産を買おうと思ったら
駅構内の土産物屋&ぽんしゅ館(温泉)はもう閉店。

帰りの「はくたか」車窓。かつては沿線随一の景色だった難所・親不知海岸。

ホントにあっという間の旅行だったね。
仕事が忙しくなかったら、もっとゆったりとした日程であちこち行けるのだろうけど。

岐阜・富山旅行 その3

8/6(木)続き
郡上八幡インターのバス停から、再び高速バスに乗る。
このバスは完全予約制で、事前に電話で予約しておいたにもかかわらず、
来たバスの運転手が持っていた乗客リストには名前がなく、ひと悶着。
しかし車内はガラガラで、結局乗車OKに。面倒くせえなあ。

高山駅前のバスターミナルに到着。
郡上八幡に比べ近代的で明らかに地方の観光地然とした光景。
駅と名所はやや離れているので、天気が良ければレンタサイクルがお薦め。

飛騨高山の象徴、上三之町の街並保存区域。
すべての建物が昔のままに保存されている。産婦人科も歯医者も!
造り酒屋が2軒向かい合っていて、ハシゴ酒ならぬハシゴ試飲。
この地域では七夕を今の時期、すなわち旧暦に飾るのか。
そういえば仙台の七夕まつりも8月上旬だね。
飛騨高山の象徴的な光景。上三之町の街並保存地区。この地方では今の時期に七夕を飾るのか。 上三之町にある産婦人科もこの外観。他に歯医者もあった。 上三之町には造り酒屋もあり、2軒が向かい合っている。吊るされた杉玉を見ると、旅に出た気分になるね。

上三之町以外にもレトロな光景はあちこちに。
街並に合わせて建てた信用金庫とか。ファミマも看板は緑じゃなくて茶色だった。
高山信用金庫も街並に合わせた落ち着いた佇まい。 これまた懐かしさ満点の八百屋。オリエンタルカレーの看板がいい味。昔の八百屋は調味料も扱っていたもんね。 街で見かけたレトロな理髪店。店先の琺瑯看板がいいね。

ホントは飛騨牛を食いたかったけどねー。
ステーキ4千円とか見たらちょっとね。
高山中華そば。高山のラーメンは懐かしき醤油味だが、スープとたれを最初から合わせて煮るのが特徴。 上三之町にて。白桃ソフト。添えられているのは地元特産のトチの実で作ったクッキー。

高山は外国人観光客も多く、
近くの世界遺産・合掌造りとともに古き日本を味わえる場所として
すっかり国際的な観光地になっていることを実感。
しかし、あまりにも観光地として手慣れて俗化しすぎている面も。
普段着の古き日本の街を味わうなら、郡上八幡がいい。

高山からは久しぶりに列車。ガラガラの特急ひだ。
岐阜・富山の県境は宮川沿いの急峻な谷あいを行く。
トンネルと鉄橋の連続。天気も悪くなってきて川面に雲がかかり見通しが悪い。
この区間は台風による土砂崩れや鉄橋流出で1年以上も不通になったことがある。
夜、富山着。

高山から富山へ列車で移動。県境は宮川沿いの急峻なところを走る。川面に雲がかかり、見通しがきかない。

岐阜・富山旅行 その2

8/6(木)
名鉄岐阜駅前から高速バスで郡上八幡へ。
本当は美濃太田に出て長良川鉄道に乗りたかったのだが、
本数が少なくて時間が合わない(泣)。
近年まで奥美濃や飛騨地方は鉄道でも道路でも交通不便な地域だったが、
東海北陸自動車道が開通し、自動車でのアクセスが飛躍的に向上した。
その中心の一つである郡上八幡へは、いまや高速バスの方が
安い・速い・本数が多い、とあらゆる面で鉄道を圧倒しているのが現実。

鉄道なら乗換ありで2時間かかるところを
1時間10分で郡上八幡のバスターミナルに到着。

郡上八幡は山あいの城下町。小さい街なので徒歩での散策がお薦め。
斜めに突き出た袖壁、べんがら格子、古き伝統を伝える商家群。
生活に密着した街並みが魅力。

山あいの城下町・郡上八幡。生活に根付いた古い町並みが今も残る。 べんがら格子の立派な商家も。 軒下に突き出た斜めの袖壁が特徴の、八幡の商家。袖壁は火事の延焼防止と、雪の重みへの対策とのこと。

そして、八幡は水の街、清流の街でもある。
長良川とその支流の吉田川の綺麗な流れ。
街のあちこちに冷たい水が湧き、生活用水として使われている。

街中を清らかな川や水路が流れ、湧水が豊富な郡上八幡。そのシンボルが名水百選の宗祇水。 市街の中心の路地にある「やなか水のこみち」。付近には美術館や民芸館が密集。 名水から生まれた地元限定商品、「何てことないサイダー」。シンプルで懐かしい味。

夏の風物詩である郡上踊りの日に合わなかったのが唯一の後悔。

昭和初期に建てられた、旧八幡町役場。現在は記念館として観光案内や土産物の展示販売を行う拠点に。 八幡の町を貫流する長良川の支流・吉田川。川底まで見通せるほど綺麗な水。夏は子供たちが橋から飛び込む光景が TVでよく紹介される。 川の流れに足を漬けて休憩。冷たくて生き返った心地。かなりの急流なのでご注意。

街の雰囲気をすっかり気に入ったが、次の場所へ。
八幡の中心部から、郊外にある高速の停留所へタクシーで移動。
周囲は停留所の小屋以外何もない。走り去る車の音とセミの声。

高速の郡上八幡バス停から高山へ。停留所以外何もないところ。

岐阜・富山旅行 その1

仕事の関係上、お盆は休めない。
お盆の前の8/5~7の3日間、厳密には2日半ほど休みが取れた。
例年より短い夏休み(泣)で、しかも天気予報は下り坂ではあるが、
早速出かけよう。

8/5(水)
少し仕事を片付け、昼前の新幹線で名古屋へ。
ともろー氏のライブで何度もお世話になった、
郊外の高畑にあるハートビートカフェへ寄った。
突然の訪問に、お店のご夫婦はびっくり。
今日、ともろー氏のライブがあるかと思ったとか。
すみません、今回は完全なプライベートでした。

限定でメニューに出したばかりという、オムライスを注文。

ハートビートカフェの新メニュー、オムライス。玉子がふわとろ!ハート型の皿もいいね。

最近主流の、ご飯を玉子で包まず上に乗せるスタイル。
…これはすごい。玉子がふわふわとろとろ。
ご飯をケチャップで味付けせず、あっさり味のピラフにしたのも見事。
ご飯オムレツの両方ともケチャップ味だと、くどさを感じるところだった。
次回のライブの際はぜひ特別メニューに!

名鉄で岐阜へ。
岐阜県といえばともろー氏のライブで1ヶ月ちょっと前に八百津町を訪れたばかりだが
今回は場所も目的も別にある。

夜、長良川競技場でサッカーJ2のFC岐阜栃木SC戦を観戦。
試合は1-1のドロー。

岐阜ー栃木。後半14分に栃木の本橋が先制ゴール。喜ぶ選手たち。 コーナー際でボールの奪い合い。

名古屋に隣接し、スポンサーの中心になりうる大企業のない岐阜。
ユニフォームに他のチームのような広告が入らず、
背番号しかない寂しいいでたち。当然経営も苦しい。
高い給料が払えないため、有名選手もいない。
それでも、熱心なサポーターが多数来場し、
競技場前に仮設された屋台村は大盛況。

スタジアムの屋台で売っていた、ケバブ。チームの創設に貢献した元日本代表・森山氏の愛称に因んで「ゴリサンド」と名付けられた。

あとは、ユニフォームの胸に広告を出してくれるような大口スポンサーの
出現を期待したい。
そのためには成績で上位に進み、世間の注目を集めないと。

喜連川温泉

荒天一過で晴れ渡った日曜日、またまた昼前に思い立って、
宇都宮線の鈍行で栃木県の喜連川(きつれがわ)温泉に行った。

喜連川町(現在は氏家町と合併し、さくら市)は
関東平野の北東端、那須の手前に位置する。
古くは奥州街道の陣屋町・宿場町として栄えたが、
鉄道のルートから外れたため発展が遅れ、現在まで農業中心。
しかし1980年代に温泉の掘削に成功、以後は温泉を使った町づくりが進められてきた。
現在は約10ヶ所の公衆浴場が町内に点在する。
どちらかといえば地元民向けの施設が中心で、
古くからの温泉街の風情はなく、宿泊施設も少ないのが特徴。
一方で町内ではJR東日本による温泉付きニュータウンの開発が進められ、
週末別荘や新幹線通勤をターゲットに電車内広告などでPR中。

首都圏から日帰りで温泉を楽しむには適当な距離。
車で行くにはちょっとつらいかも。東北自動車道は喜連川から大きく離れた場所を通る。
この幹線交通から外れた、適度にひなびた感じがまたいいのだが。

さて宇都宮で黒磯行きに乗り換えたら、昨日の余韻で強風が残っているようで、
途中の鬼怒川鉄橋付近で徐行。15分ほどの距離を倍くらいかけて、やっと下車駅の氏家
喜連川温泉まではバスで30分ほどだが本数が少なく、タクシーのお世話に。
初乗りが710円と首都圏なみに高いが、今や少数派になったコラムシフトのマニュアル車。
ちょっと得した気分。

まずは以前行ったことがある露天風呂だけの公衆浴場へ。
川沿いの開けたところに町民グラウンドやプール、保育園などがあり、
ちょっとした文教地区。その一角に小さな山小屋風の公衆浴場。
狭い更衣室の向こうは室外で、あるのは露天風呂だけ。
地元の中年男たちで賑わっている。源泉は結構熱め。

温泉の外には温泉スタンドなるものもある。コイン式で10リットル10円。
車でポリタンクをたくさん持参して次から次へと温泉を汲み入れる人がいた。

川沿いののどかな里の風景を楽しみつつ、徒歩15分ほどの「道の駅きつれがわ」へ移動。
ここにも当然、温泉施設がある。
しかも内湯、露天風呂、サウナの他、水着で入るクアハウスも。
食堂、土産物屋、地元の物産館も充実し、家族連れや旅行者にお薦め。

温泉のハシゴで堪能すると、もう夕暮れ。
帰りもタクシーのお世話に。金はかかったが、またもコラムシフトだったので許す。

喜連川温泉の公衆浴場の一つ、露天風呂。この山小屋風の小さな建物が更衣室。その向こうは完全に吹き曝しの岩風呂だけ。 温泉スタンド。後方の箱にお金を入れると、ホースから温泉が出る。セルフのガソリンスタンドみたい。
喜連川の里の風景。川は内川という川。適度に開けていてさえぎるものもなく、のどか。 道の駅きつれがわ。温泉に物産館など、旅行者に嬉しい施設が充実。
栃木といえばいちご。冬でも風呂上りに食べたい、いちごソフト。他にジェラートも売れていた。

意外に昭和レトロな街・高崎

久しぶりに休暇が取れた。
早速昼前に思い立ち、高崎線の鈍行に乗った。
この、突然思い立つ感覚が楽しいのだ。

高崎は中山道と三国街道が分岐し、昔から関東と信州・越後を結ぶ交通の要衝。
田舎である新潟へ帰る時には鉄道でも車でも必ず通る所で、
丘の上に建つ高崎観音が見えてくると、ああ高崎だな、と実感する。
世間一般には高崎駅の「だるま弁当」で知られているように、高崎はだるまの街でもある。

街を歩くと、駅周辺は再開発が進み、きれいで道も広く、若者の姿も目立つ。
だか古くからの中心街へ向かうと、そこは良く言えば古き良き昭和レトロ、
悪く言えば往年の栄華を偲ぶ、時代から取り残された商店街。
人通りもほとんどない日曜の昼下がりのアーケード。
人口減、不況、クルマ社会に高速化…地方経済の凋落は深刻だ。

かつては高崎の中心的な繁華街だったと思われる、「中央銀座」。大人向けの商店や飲み屋が中心。薄暗く、人通りはほとんどない。 店名から察するに、1970年の大阪万博の頃にオープンした店では?あ、あれはエキスポだっけ。ペプシのステッカーがいい味。でもまだ営業しているのか? これまた昭和40年代の香り漂う衣料品店。丸みを帯びた窓が当時は流行の最先端だった。 海のない群馬で、遠く離れた香川・小豆島のマルキン醤油の看板。地元の正田醤油じゃないのがいいね。「夜の散歩道」もいいネーミング。実に昭和レトロ。

夕方、高崎のシンボル・高崎観音へ。
ここへ行く過程がまた凄く、バスがすれ違えないような細い山道、ひなびた集落。
高崎市街からバスで10分ほどなのに、こんな場所があるんだね。
日光いろは坂を思わせる九十九折の頂上には、
ここにもまた昭和の遺物のような土産物屋が軒を連ねていた。観光客は数えるほど。

高崎市街を見下ろす山頂に建つ、高崎白衣(びゃくえ)大観音。建立は昭和11年と中途半端に古い。観音様の中(胎内)は入館料を払って入れる。

高崎観音こと「高崎白衣(びゃくえ)大観音」は昭和11年に建立されたコンクリートの観音様。
観音様の中(胎内)には入館料を払って入る。
昭和初期に作られたコンクリート剥き出しの胎内。
狭くて急で手すりの位置が低い(戦前の日本人の体格が推定できる!)階段を
ひたすら登る。観光もバリアフリーもあったもんじゃない。
鈍った体にはいい運動をしながら辿り着いた最上階は9階に相当。
しかし展望台などなく、小さな窓から市街や山なみを覗き見るのみ。
確かに眺めはそれなりに良かったが、
フルマラソン完走のご褒美が消しゴム1個、みたいなすっきりしない感覚。

観音様の最上階(9階の高さに相当)の窓から見た高崎市街、奥には前橋市街と赤城山の山裾も。 反対側の窓から見た景色。どこまでも続く山なみ。右奥は今も活動する浅間山。

もともとバスの本数が少なく、
帰りは赤城おろしの本場の寒風の中、40分ほども待たされた。
ようやく来たバスは遠回りのルートで、客は1人。
暗いいろは坂をひたすら下り、山の中の集落で時間調整したり、
県道を外れて東京農大二高に寄ったり(日曜夜に客などいない!)し、
高崎駅まで50分ほども要した。
駅横にオープンしたヤマダ電機の灯りが眩かった(笑)。

乗りてえなあ

金沢行き夜行急行「能登」。
夜行、寝台ではなくオール座席、かつての国鉄の黄金時代を支えたボンネット型特急車両、
と、鉄な男たちが泣いて喜ぶ古き良き雰囲気が残る列車。
しかし年末年始を過ぎたこともあり車内は閑散としていた。

忙しくなければ、ここまま飛び乗って冬の北陸観光、なんだけどなぁ…。

大宮駅で発車を待つ夜行急行「能登」。かつてのボンネット型の特急車両は今も健在。

正月パスで盛岡へ

元日、JR東日本の乗り放題きっぷ「正月パス」で盛岡へ。
同じ目的の人が多くて早朝の新幹線は指定席取れず、自由席は立ち客で溢れていた。
何とか10時台「はやて」の3人掛けの真ん中に空席。

東京では元日から店を開くスーパーやデパートが増えているが、
地方都市はまだまだ開いている店は少なく、駅の土産物屋とコンビニとファストフードくらい。
人の少ない、静かな正月を満喫できた。市内の温泉は人多過ぎだったが。

市内を流れる北上川。遠くにうっすらと岩手山。盛岡を象徴する風景。 南部藩の居城・不来方(こずかた)城の石垣。誰が作ったか雪だるま。 不来方城の本丸から見下ろす盛岡の街と山々。故郷の山はありがたきかな。
気温2.0度…。だが天気も良く、思ったほど寒さは感じない。 さすがに正月からわんこそばはきついだろう。代わりに舞茸天めかぶそば。冷麺?じゃじゃj麺?きゅうり嫌い(笑)。 三陸のカキと岩手豚ロースのミックスフライ。
実に盛岡らしい、レトロな外観の宅配ピザ屋。 繁華街に建つ、石川啄木の少年時代の像。台座には「新しき明日の来るを信ずと云ふ自分の言葉に嘘はなけれど」。啄木の歌碑は市内の至る所に点在する。 市内にある日帰り温泉「喜盛の湯」。大盛況。露天風呂もサウナもあり、なかなかいい施設。

雪はまだか 越後湯沢にて

祝日。例によって昼頃思い立ち、新幹線で越後湯沢へ。
積雪がなくてほとんどのスキー場は開けないまま。
今ならスキー客でごった返す前の静かな湯沢を探索できるはずだ。

越後湯沢行「MAXたにがわ」もガラガラどころか空気輸送だったが、
着いた越後湯沢も完全に予想通り。駅構内も駅前も本当に閑散としている。
駅構内に立ち並ぶ土産物屋の屋台も開店休業状態。
売り子のお姉さんが、すがるような目でこっちを見ている。

湯沢の駅前通り。雪国らしく、雁木ならぬアーケード完備。小さな街だが生活に必要な店はすべて揃っている。但し人影は少ない。

湯沢の駅前通りは雪国らしく歩道に雁木ならぬアーケード完備。
人口9千人の小さな町ながら、駅前には銀行、食堂、薬局、婦人服店、病院、温泉銭湯(!)、
スーパーに100円ショップまであり、とりあえず生活に必要なものはほぼすべて揃う。
特に目立つのは雑貨屋、金物屋で、この通りを200mほど歩いただけで3~4軒も発見。
店頭に陳列されたスコップや除雪用そりなどが、ここが雪国であることを知らせてくれる。
しかし今日の天気は雪ならぬ雨。これでは除雪用品も売れなかろう。
意外なのはコンビニが見当たらなかったこと。人が少ないので需要もないのだろう。
駅反対側の旅館街や国道17号沿いにはあるようだが。

さすが豪雪地帯だけに、除雪用のスコップなどを扱う店が多い。でもこの天気では出番なしか。

駅周辺をぶらぶらし、駅構内の温泉施設「ぽんしゅ館」へ。
温泉に酒を混ぜた酒風呂が楽しめる。貸切状態。
風呂上りに隣の利き酒コーナーへ。
500円で、新潟の全蔵元の酒からお猪口5杯まで試飲できる。
やはり「久保田」「越乃寒梅」「雪中梅」が不動の人気のようだが、
ここは越後人のプライドもあり、あえて人気銘柄を外し、知名度の低い酒ばかりを飲む。
嬉しいことに、試飲のアテに世界の様々な塩が置かれていて、自由に味わえる。
梅塩が一番合う感じ。

ベタな名前の土産物屋「原宿」。意外にもこの店の歴史は古く、竹の子族の頃からあるのを知っている。さしずめ海外の日本料理屋「東京」みたいなものか(笑)。

ほろ酔い気分で地元の酒「鶴齢」(かくれい)の純米吟醸を土産に、帰路に着いた。

深谷って…

昼過ぎ、突如思い立って(このパターン多過ぎ)、高崎線に飛び乗る。
熊谷はこの間行ったし。降りたことのない深谷で下車。

深谷は埼玉県北部では熊谷に次ぐ都市で、人口14万。
だが駅前から旧中仙道にかけての区域は衰退が進み、アーケードはおろか、
商店街といえるような商業施設や小売店の集合体がほとんどない。
あるのは駅前のキンカ堂の他は、空地と古びた商店が虫食い式に点在する異様な光景。
一応、20年計画で区画整理事業中とのことだが…。
これまで見てきた全国のどの都市よりも酷い。衰退する炭鉱都市でも中心街はもっとまともだ。

本当は深谷の商店街の分析も含めもっと長い記事を書いていたのだが、
ブログのサーバーの不調で投稿に失敗し、せっかくの記事がパーになってしまった。
同じものを二度書く気力もなく、あとは主に写真で(泣)。

東京駅丸の内駅舎を模した深谷駅舎。東京駅の駅舎の煉瓦が深谷で製造されたことによる。 宿場町の面影を残す、中仙道沿いの商店街。だがシャッターを下ろした店や空き家が目立ち活気がない。 蔵を構えた時代ある造り酒屋もある、中仙道沿いの商店街。うまく整備して宣伝すれば観光スポットになりそうだが…。
鉄人28号?国道17号沿いで見かけた、モデルハウスのPR用人形。 深谷は映画で町興し中。旧中仙道沿いの小さな映画館。毎年映画祭も開かれる。 北関東のアンテナは何故高い?それは、地球が丸いからさっ!(byフォーリーブス)

高崎線で鴻巣を過ぎると、車窓から見る家々のアンテナが高いことに気がつく。
地球が丸く、東京タワーから北関東でもわずかに円弧を描いているため、
電波が高いところを飛ぶからだとさ(高校時代の地学の先生に教わった)。

足利散策も雷雨で中断

雨という予報だったが晴れ。今日は小旅行。目的は昨日と同じサッカーJFL観戦なのだけど。

場所は栃木県西端の歴史の街・足利。
埼玉からだと意外に行きづらく、小山へ出て両毛線か、その途中の久喜から東武伊勢崎線か。
いずれにしても本数の少ない各駅停車しかなく効率が悪い。大宮から2時間弱みないと。

結局、乗車距離が短い久喜乗換の東武線を選択。
首都圏私鉄相互乗り入れのネットワークに組み込まれ、ホームが増設された東武線の久喜。
「中央林間行」というすごい行先の東急車両を横目に、北へ。

足利市駅は高架だが目の前が渡良瀬川。足利の市街は川の向こう。
しかしほとんどの名所が徒歩で回れる範囲。
昭和初期にできた武骨な緑のアーチ橋の中橋を渡る。
近年かさ上げされた堤防が橋の部分だけ低いままで、逆に切り通しみたい。
これでは増水時に意味をなさないのは明らか。
治水対策と、歴史的建造物の保護や架け替え費用という相反する命題。
県も国土交通省も頭が痛いところだろう。

フランシスコ・ザビエルが「最も大にして最も有名な坂東の学校」と紹介した足利学校は
近年復元整備が進み、講義の場である「方丈」などの建物が復元された。
方丈の内部は典型的な日本の伝統的家屋で、続き広間に長い廊下。
廊下の戸を開け放てば、内陸で暑い栃木の昼間でも風通しが良く涼しい。
日本の風土と伝統が育んだ知恵に改めて感心。
こんな家に住んだらクーラーによる電力消費は激減するだろうな。掃除は大変だけど。

足利学校の象徴とも言える学校門。 復元された「方丈」(校舎に当たる)。広間と廊下という日本建築の典型。風通しが良く涼しい。

この後、近くにある鑁阿寺(ばんなじ) を見て、歩いてJFLの試合会場である陸上競技場へ。
昨日HONDA FCが勝利して暫定2位に後退した栃木SCだが、
J入りへ向けてものすごい熱の入れよう。
観客も今季急増し、メインスタンドは満員札止め、芝生のバックスタンドへ行くよう指示された。
ここも足の踏み場もないほどの混雑で、何とか片隅に1人分のスペースを確保。
相手は5位のカターレ富山。このクラブは、もともと共にJFLで強豪だったYKKと北陸電力
という富山を代表する2つの企業チームが合併したもので、プロ化してJを目指す。
栃木も富山も、HONDAのある浜松とは対照的なJ推進派地域だ。

足利市運動公園陸上競技場。メインスタンドは満席。試合開始前は晴天だったが、やがて背後の山から雷鳴と黒い雲。そして大雨に。 豪雨で東武足利市駅に戻ったところ。軒先から落ちる大量の雨水に注目。

だが試合は前半に富山が先制。前半途中、山の方から雷鳴が響き始め、色の濃い雲が
どんどん広がってきた。こりゃ一雨くるぞ。競技場にはメインスタンド以外、屋根がない。
前半終了と同時に観戦を諦め、駅へ戻ることに。だが競技場を出て歩き始めたとたんに
ものすごい豪雨。やむなく向かいの市民会館の入口に避難。
通りかかったタクシーをつかまえ、足利市駅へ戻った。
帰りの電車に乗る時も雨は降り続いていたが、日も差してきて天気雨に。
埼玉に戻る頃には雨は止んだ、というよりも雨のゾーンを脱出したと言うべきか。

なお試合は雷雨で後半開始が45分遅れたが栃木が敗れ首位転落となった。

森高千里の歌で有名になった渡良瀬橋もお預けに。以前行ったことがあるが、
その後、曲が流れる歌碑が立ったので再訪を企んでいたのだが。

九州遠征2008 PART3

26(火):
熊本から特急「リレーつばめ」に乗る。
わずか20分ほどで新八代。田んぼの中にビル2棟。東横インの看板が一際目立つ。
新八代は九州新幹線の暫定始発駅で、在来線の「リレーつばめ」と新幹線「つばめ」が
同一ホームで乗り換えられる。
つばめは和風テイストを随所に取り入れた造り。座席の背面は木目調。
電話室には暖簾、洗面所入口には玉暖簾。
機能一辺倒の東海道新幹線と違い、外国客にもアピールしようという気概が見て取れる。
西鹿児島改め鹿児島中央までは40分あまり。ほとんどがトンネルで車窓の魅力には欠ける。

九州新幹線「つばめ」の座席。背面は木目調。隋所に和風テイスト。

なお博多まで延伸されて山陽新幹線と接続するのは2011年の予定。
東京からの直通列車は当面設定されない模様だが、
東北新幹線が新青森まで延伸したら、鹿児島から青森までその日のうちに行ける。
ぜひ日本縦断新幹線の旅をしてみたいものだ。

鹿児島に降り立ったのは実に24年ぶりになる。駅舎も新築され駅ビルも併設。
駅ビル屋上には観覧車。ビルの屋上の観覧車って最近ブームみたいだね。
かつては南国らしく駅前広場にシュロの木が植えられていたが、今はなし。
南国=シュロ、という固定観念からの脱却は賛成。

ここが新幹線最西端・最南端の終点。駅前はビルの建設ラッシュ。 大きな正面階段が特徴の鹿児島中央駅。京都駅もそうだが、人が集まりイベントもできるこういうスペースを駅頭に設けるのが西日本では流行なのだろうか。 薩摩だけに芋焼酎の広告が目立つ。コインロッカーも芋焼酎の広告。

観光地を巡る路線バス「カゴシマシティービュー」で市内観光。西郷隆盛の銅像前で下車。

カゴシマシティービューと西郷像。背後は西郷が自害した城山。

付近は薩摩国島津氏の居城であった鶴丸城址。
70万石を越える大大名のわりに簡素な造りで天守閣もなかった。
島津氏が関ヶ原の戦いで豊臣方に組したことで外様大名となり、
徳川幕府に対する遠慮から大きな城郭の建設を見合わせたとされる。
今は石垣と堀しかない。堀の一部には色鮮やかな錦鯉が放流されていて
人を見ると口をパクパクさせて集まってくる。実に愛想のいい奴らだ(笑)。
城内に建てられている歴史資料センター「黎明館」を見て回る。
外様ゆえの苦難と、維新へのエネルギーが感じられる展示の数々。
西郷隆盛が着たという軍服を見た。西郷は五尺九寸、約180cmの大男と言われたが、
この服はもっと大きい。児山でも充分着れそう。
服を見ていたおばさんが「でかいねぇー」とつぶやいていたが、
ふと隣に立っている児山に気がついてびっくりした顔。西郷の再来とでも思ったか(笑)。

昼は繁華街の天文館で鹿児島ラーメンを食べる。
有名店「こむらさき」(熊本に同名の店があるが無関係)へ。
とんこつベースだがあっさり、しかし塩分の強いスープ、かんすいを使わない柔らかい麺、
分厚いチャーシューに千切りキャベツ、しいたけという独特なトッピング、
そして鹿児島ラーメンでは定番の大根漬けのつけ合せ。これで千円。
鹿児島ラーメンは他の地域と比べても値段が高い。博多ラーメンと比べるとなおさらだ。
地元の人にとってラーメンは気軽な食べ物なのだろうか。
こむらさき等の有名店は観光地値段という説もあるが(笑)。

今度はフェリーで桜島へ。市街地にある鴨池港から片道20分、150円の船旅。
この桜島フェリーは日中10~15分毎、終夜1時間おきに運行という驚異的な頻度で
市民の足となっている。
広く賑やかな鴨池側と異なり桜島側は土産物屋が何軒か並ぶ程度の寂しい所。
観光タクシーの客よせを断ってぶらぶら歩く。活火山の山頂には勿論行けない。
港に程近い国民宿舎には「桜島マグマ温泉」の日帰り浴場が併設されている。
地元の老人や合宿帰りらしい日焼けしたサッカー少年らで賑わう。
300円で鉄分を含む茶色い湯に浸かる。露天風呂はないが、
大きな窓から眺める錦江湾と出入りするフェリー、対岸の鹿児島の街並み。
昨日の熊本に続いて贅沢なひととき。こんな癒しを気軽に味わえる鹿児島市民が羨ましく思えた。

鶴丸城の堀を泳ぐ錦鯉。人が近づくと寄ってくる。観光地の土産物屋のおばさんと同じだ(笑)。 鹿児島ラーメン「こむらさき」。とんこつベースだがあっさり、麺はかんすいのない独特な食感。値段高し。 フェリーから眺める桜島。


27(水):
最終日。天気はいいが蒸し暑い。繁華街の天文館、いづろ周辺を歩く。
鹿児島はアーケードが充実している。雨に加え火山灰が多い土地のせいだろうか。
駅周辺と天文館を中心にビル建設ラッシュ。新幹線効果か、維新を生んだ進取の気性か。
古い商家が多数残る熊本とは対照的。熊本も新幹線が開業したら変わるのだろうか。
市電の架線ポールを統一デザイン化してすっきりさせ、
軌道部分に芝生を植えて目の保養と車の進入制限を兼ねるアイディアも。

昨日はラーメンだったので、今日は近年の鹿児島を代表する食材・黒豚を食うことに。
アーケードの一角、ビルの奥にあるとんかつの十兵衛へ。
ランチのロースカツ定食(ロースランチと呼ぶらしい)を注文。850円。
肉は柔らかく甘みがあった。全体的に量が少ないのは仕方ないか。

鹿児島の繁華街・天文館付近。市電の軌道の芝が鮮やか。 これは薩摩揚げの広告。坂上二郎さんも鹿児島の出身だったね。

これより帰還。駅前のビルにあるターミナルからリムジンバス。
風光明媚な山里を高速で抜け、40分ほどで空港へ。この空港は1972年に開港したが
高速がなかった頃は市街からどれくらいかかっていたのだろう。
ターミナルビルの1階外には足湯のコーナー。暑い日に熱い足湯はあまりありがたくない(笑)。
中部国際空港みたいに本格的な風呂のある空港がもっとできてもいいと思うのだが。
日航機は無事羽田に到着。

どこか停滞感のある首都圏と比べ、九州はどの地域も国内国外を問わず観光客誘致に
力を入れていることがよく分かった。道路網、幹線鉄道も整備され、住むにも良い所ではないか。
児山にもう少しお金と暇があったら、中九州あたりに別荘でも建てるのに(笑)。

九州遠征2008 PART2

25(月):
熊本へ移動。阿蘇へ行こうかと思ったが鉄道もバスも本数が少なく断念。
阿蘇に限らず九州はクルマ移動が大前提の地域であることを痛感。
次からは相当綿密に計画を立て、レンタカー利用も考慮せんと。
てなわけで昼間はバスと市電で市内観光。
中心街の交通センター(バスターミナル)にある地下街「熊本センタープラザ」では
約5分おきにテーマソングが流れる。→これ
「泉の広場で逢いましょう~♪」で始まる若い男声の昭和レトロなムード歌謡調。
熊本県民にとっては馴染み深い曲らしい。
城下町・熊本は古い商家や昭和レトロな店も多く、新旧が入り混じった独特の存在感がある。

様々な広告で見た目も楽しい熊本市電。チキンラーメン電車。 市内のアーケードで見かけたレコード屋。前時代的なイラストによる広告。先日亡くなった熊本のスター・ばってん荒川さんは今も広告で健在。 東京でもお馴染みの熊本ラーメン「桂花」。熊本市内に本店はじめ数店舗。看板メニューの太肉麺は東京より50円安い。東京にはない定食類も充実。

火の国・熊本は温泉も豊富で、黒川温泉など全国的にメジャーな温泉もあるが、
どこか市内の近場で気軽に日帰り入浴できる所はないか?ありました。
藤崎展望~天使湯閣~てんしゅかく
市街地の一角・熊本電鉄藤崎宮前駅のすぐそばの派手なビルの11階。
平日昼間だけに客はまばら。広い展望露天風呂は独占状態。
サラリーマン諸氏があくせく働いている昼間から、
熊本の街並みと山々と青い空を眺めながらの入浴はこの上ない贅沢。
他のフロアはパチンコ屋やレストランで、、
ビル全体が同じ会社の経営するアミューズメントパークになっている。

夕方、今回の旅で3度目になるサッカーJ2観戦。
今季J参入したばかりのロアッソ熊本と、J1経験も豊富なセレッソ大阪の対戦。
会場の熊本県民総合運動公園陸上競技場(通称・KK WING)はとにかく遠い。
もともとJリーグがプロ野球よりはるかに歴史が浅いこともあって、日本のサッカースタジアムは
市街から遠く離れた山間部や田んぼの中に造られることがほとんどで
鳥栖みたいな駅前の例はむしろ希少。このKK WINGの場合も遠さは半端ではない。
市電からJR豊肥本線(本線とはいいつつも単線で本数は1時間に2本程度)に乗り換え、
郊外のニュータウンに新設された光の森という小駅へ。
更にそこからシャトルバスに揺られ、丘陵の上に広がる運動公園内の会場へやっと到着。
接続が良かったにもかかわらず市街地から1時間以上かかった。
ここでも地元サポーターはマイカー利用が大半なのであろう。
会場の遠さと公共交通の不便さは“アウェーの洗礼”の一種なのだろうな。

試合はホームながら格下のロアッソが踏ん張り、前半に先制。
一度は守備が混乱して連続失点で逆転を許すも追い付いて引き分けに持ち込んだ。
ただ、最後は暑さと疲れで足が止まり、あまり攻められず、引き分けでいいやという雰囲気。
試合後に偶然話した年配のサポーターも同じで、強豪相手に引き分けで満足、という口ぶり。
まだJでは新米だし、今はそれで充分満足かもしれないが…なんか淡白だな。
帰りは光の森駅で列車が出たばかりで、30分待たされた。
初老の駅員氏と話をしていたら、今日ロアッソの試合があること自体知らなかったという。
観客も4千人あまりと少なく、県民に浸透するのもまだまだこれからということか。
熊本唯一のプロスポーツクラブ。大事に育てて欲しいものだ。

駅員氏はやがて、窓口のシャッターを下ろして事務室内へ消えた。
光の森駅に限らず、この近辺の小駅の多くが夜間は無人駅と化すのだ。
しかも各停の多くがバスと同じワンマン運転。一応運転手が切符を集めることになっているが
実質的にキセルし放題。それでもこの形の方が収支的には得なのであろう。

豊肥本線・光の森駅。夜間は事務室のシャッターが閉まって無人駅に。出入りし放題。

九州遠征2008 PART1

8/23~27、九州へ旅行に行ってきた。こないだ新潟へ行ったばかりだが、
一度旅に出ると連続してどこかへ行きたくなるのが習性らしい(笑)。
目的はサッカー観戦。Jリーグのスケジュールをみると、3日連続で観戦できることが分かり、
しかもこれまで行ったことのない会場に行ける。これは決行しかない。

23(土):
昼前の新幹線で広島へ。もともと「鉄」だったせいもあるが、
よほど時間がないか、相当な遠距離でない限り、行きは飛行機を利用しないことがほとんど。
広島の隣駅・横川(よこがわ)からシャトルバスでサンフレッチェ広島の試合会場・
広島ビッグアーチへ。もともとは山一つ越えた丘陵地帯にあって交通不便な場所だったが、
山を貫く高速道路が完成して、バスで20分で行けるようになった。
山間部だけに、市街地と比べても気温が低い。政令指定都市とは思えない長閑さ。
試合は広島がアビスパ福岡を一方的に攻め続け、4-0で完勝した。
順位でも首位を独走しており、J1復帰はほぼ確実か。

24(日):
新下関まで乗った「こだま」は、間もなく引退する最も古い新幹線車両・0系。
お別れ記念の少年や中年の鉄が多数。カメラ片手に車内をうろつく者多数。

広島・宮島名物のあなごめし、じゃなくてこれはあなご寿司。 新下関から関門トンネルに入る新幹線0系。車内も駅もカメラ中年が多数。

新下関から関門トンネルの入口へ。バスの本数が少なく、タクシーのお世話に。
関門トンネルは鉄道、国道、そして人や自転車が利用できる人道のトンネルが存在する。
関門橋を見上げる海岸沿いのみもすそ川公園からエレベーターで地下に下り、
そこから約700mの地下道が延びる。ここを歩いて九州上陸。
もともと機能一辺倒で作られているせいか、意外に地味で、観光的な華やかさはなく薄暗い。
途中の路上には山口と福岡の県境を示すペイント。
観光客も多いがウォーキングで利用する地元の人も少なくない。
門司側のエレベーターを上がると、そこは下関側より更に狭くて地味。
目の前にプレハブの屋台。女の子が生ジュースやアイスコーヒーを売っている。
ミックスジュースを頼みつつしばし雑談。まだ店を始めて1週間だとか。
ここから最寄り駅の門司港までは2km近くある。バスも本数は少ない。
すると、携帯でタクシーまで呼んでくれた。感謝。

下関側から眺める関門海峡と関門橋。こうしてみると自信があれば泳いで渡れそうなほど狭い。但し潮流が速い。 関門人道トンネルの途中にある、県境を示すペイント。

かつて九州の玄関口だった門司港。駅舎はじめ往年をしのぶ洋館が数多く現存し、
街や港を整備し観光地として人気上昇中。
門司港は九州の鉄道の起点でもあり、駅近くには
車両基地の一角と旧九州鉄道本社屋を利用した「九州鉄道記念館」。
九州ゆかりの車両展示や、子供が運転できるミニ鉄道など、
まさしく大宮の鉄道博物館の九州版。必見。
遊覧船、洋館、関門橋。観光地として人気上昇中の門司港。 門司港はバナナ叩き売りの発祥地。駅頭などあちこちで実演も。 そこで、バナナソフトクリームを食べる。
門司港で見た飛行機雲。この山口銀行の建物もレトロな洋館。 門司港はかつて九州の玄関であり九州の鉄道の起点。九州鉄道記念館に復元された0キロポスト。 九州鉄道記念館には往年の車両の展示や子供が運転できるミニ列車も。まさしく鉄道博物館九州版だ。

門司港からは鈍行で博多へ。先頭車両の、前が見える席に座ったら、
小倉から乗ってきた自分と同じような体格の男が、こちらを見つつすぐ後ろの席に。
どうやらこいつも同じ目的らしい(笑)。
門司港から博多は意外に長い。特急の本数も多く、追い越されるため長時間停車もある。
かつてJRの駅がなかった千早は福岡の副都心開発による土地区画整理と連動して
5年前に追い越し可能な高架駅が開業、快速も停まる。
下積みなしにデビュー前から金をかけてイチオシされる新人歌手みたいだ(笑)。

本来なら九州の中心として避けて通れぬ博多だが、今日は乗り換えだけ。
それではあまりにもアレなので、何か食おう。
以前、博多大吉がTVで言っていた「地元の人はラーメンよりうどんをよく食べる」の言葉が
耳に残っていて、駅前で肉ごぼ天うどん。
博多のうどんは麺の口当たりが柔らかく、フワリとしていて食べやすい。
角ばっていて腰が強い讃岐うどんとは対照的。
つゆ(地元では「すめ」とも言う)は濁りもなくあっさり。
福岡出身の職場の先輩が「最後まで飲み干せるのが本当の博多のうどん」と言っていたが
なるほどね。肉は牛丼のトッピングのような甘辛い味付。
ごぼう天は店によって異なるらしいが、ここではかき揚げでなく
1/4くらいに縦割りした短冊形の天ぷら。ごぼうの存在感がでていていい。

博多駅の通路には地元出身の小西真奈美を起用した鹿児島観光の巨大広告が。 駅前で食べた「肉ごぼ天うどん」。あっさり味のつゆと柔らかい麺が優しい味。九州に来たらごぼう天は定番。 鳥栖駅ホームにて。特急「有明」とベストアメニティスタジアム。駅裏はもともと広い機関区で、スタジアムはその跡地に建つ。

滞在30分ほどで鳥栖へ移動。鳥栖は鹿児島方面と長崎方面が分岐する鉄道の街。
その駅裏に威容を放つ、鉄骨が剥き出しになった巨大な四角い建築物。
機関区の跡地に建てられたサッカースタジアム「ベストアメニティスタジアム」(命名権による)。
交通アクセスが良く、スタンドの傾斜が急で観やすいことから、サッカーファンの間では
サッカースタジアムとして国内トップクラスとの評価がある。
ホームのサガン鳥栖は現在3位と絶好調。
相手は神奈川在住時に何度も観に行った湘南ベルマーレ。こちらも4位。
J1昇格のためには負けられない直接対決。
しかし湘南が1-0で逃げ切った。鳥栖は退場者を出すなどいいところなし。
あとは観客。今日の6625人はJ2としてはまずまずだが、それでもこのスタの収容人員の1/4。
J1に上がるためには、コンスタントに1万人を超えるくらいでないと。

新潟遠征 2008.8.9~11

8月9日~11日、新潟へ行ってきた。

9日(土):
朝の新幹線「とき」で新潟へ。市内は新潟まつり。パレードを見ながら中心街へ。
随一の高層ビル「NEXT21」の展望台へ上がったりしながら散策。
新潟も最高気温30℃を超える暑さだが、暑さの質が東京のまとわりつく蒸し暑さとは全然違う。
海や川から吹く風は涼しく、日陰に入るともっと涼しい。夜はクーラーが要らないほど。
日本の夏って昔はこんな感じが当たり前じゃなかったか?東京って異常だ。

8/9、10は新潟まつりの真っ只中。市内の大通りを様々な車が練り歩くパレード。東京ディズニーリゾートも参加、ミッキーらが愛嬌を振りまく。沿道は異様な人だかりで、ディズニー専門カメラ小僧までいた。 新潟は著名な漫画家を多く輩出している。新潟市出身の水島新司「ドカベン」のラッピングバス。観光名所を回る巡回バスに使用。他に高橋留美子「犬夜叉」バスもある。 地元のサッカー&バスケチーム・アルビレックス新潟カラーのローソン。以前は熱狂できるものが何もなかった新潟だが、県民が愛着を感じる文化が次々誕生している。 新潟駅近くの飲食店。昔の映画の看板が飾られ、レトロなイメージ。

18時にともろー氏らと合流、海沿いでの野外ライブに参加。ともろー氏のブログも参照。
21時から夜中の2時までの長丁場。盛り上がったが、疲れた。

夜、海岸沿いでともろー氏らによる野外ライブ。ともろー氏のファンの女性で闘病の末に先月亡くなった方への追悼ライブでもある。ハプニングもあったが大いに盛り上がった。 はるばる九州・久留米から参加のシンガー・山浦芳一郎氏。身の上話を交えた九州弁のMCもさることながら、歌も感動的。

10日(日):
駅前のホテルで昼近くまで寝ていた(笑)。
JR白新線の鈍行で、広い阿賀野川や新潟平野の広大な田園地帯を見ながら新発田へ。
途中で単線行き違い&特急追い越されで8分も停まる。何とものんびりした道中だ。
駅舎もない田んぼの無人駅・西新発田の駅前にはイオンの大きなショッピングモールが。
それなりに鉄道利用者もいるようで、臨時の職員が立って集札。
新発田からは、以前から行きたいと思っていた郊外の月岡温泉へ。
しかし政令指定都市の近くにもかかわらず公共交通での便が極端に悪い。
行きは駅からタクシーの世話に。日帰り入浴も可能なホテル「ひさご荘」へ。
800円で硫黄の香り漂う露天風呂を独占。
夏休み&日曜にもかかわらず、本当に人がいない温泉街だ。
帰りは数えるほどの本数しかないバスを運良くつかまえることができた。
しかし乗客は6人ほど。マイカーがあることを前提とした地域なのだな。
夜は新潟まつりのフィナーレ、信濃川花火大会。人多過ぎで早々と退散。

翌10日は郊外の月岡温泉へ。新潟市内から近いが公共交通が不便でバスも一日数本。完全にクルマ客専用のスタンス。それでも湯の街の風情はある。 近年月岡温泉は足湯を整備したり、浴衣姿のウサギと「月の丘のもっと美人になれる温泉」という統一キャラでイメージアップに努めている。でもその前に公共交通の改善を…。

11日(月):
会社を休んでこの日まで滞在。
新潟の郊外・新津駅で会津若松へ行く臨時列車「SLばんえつ物語」に出あう。
最終日も温泉。おととい、ともろー一行も訪れた新津の秋葉温泉「花水」へ。
すぐそばに磐越西線の東新津駅があるが、本数が少なすぎて使い物にならず、
新津駅からタクシーに。
女性を意識したアロマの香り漂う、新しくきれいな館内。露天風呂にサウナを満喫。
風呂あがりの休憩所では、北京五輪の競泳平泳ぎ100mで北島が連続金メダルを獲得した
瞬間を見届けた。お客さんも皆思わず拍手。
帰り、タクシーを呼びたいのだがとフロントの女の子に尋ねたら、平然と
「そこに駅がありますけど」
だからぁ、しばらく列車は来ないんだって!列車の来る時間帯ぐらい把握しておけよ!
結局タクシーは呼んでもらえたが、ここでも新潟の公共交通に関する弱さを見せつけられ、
対応に後味の悪さも残った。
新潟市内へ戻り、最近できた「朱鷺(とき)メッセ」31階の高層展望台。
今回は展望台づいている(笑)。
海と川と田園とビルが調和した政令指定都市・新潟の豊かな姿。越後人でよかった、と思う。
夕方のMAXときで帰京。帰省客と逆のせいか、ガラガラ。

鉄道の街・新津で見かけた「SLばんえつ物語」号。夏休みとあって家族連れでいっぱい。このまま会津若松まで行きたい気分。 新潟の母なる河・信濃川。河口近くでは、昔の川幅は今の3倍くらいあったが、洪水と土砂対策で分水路を造り、今の形になった。 朱鷺メッセの展望台から見た信濃川河口。昔から天然の良港として栄えた。右下は佐渡へ行くフェリー乗り場。新潟は空も海も広い。

名古屋だがね

20080516160102
突然、名古屋にいます。
テレビ塔屋上にて。
気温は25℃の夏日ながら風が心地よいですな。
プロフィール

児山尚喜

Author:児山尚喜
新潟生まれの埼玉育ち。AB型。
自称・まじめな勤め人。ただの町人。
好奇心大。趣味多数。しかし何一つ仕事に生かされておらず、職場では一目置かれるどころか“役立たず”扱いらしい。おかげで出世レースからも早々と脱落し、ますます趣味にのめり込む悪循環の生活を送っている。
1990年代前半にごく一部で話題になり篠原涼子などを輩出した女性アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」のファンを自認するが、今はグループ自体が消滅して、ここでも宙ぶらりんの状態(笑)。
サッカーなどスポーツ観戦も趣味だが、Jリーグより先にJFLを観戦し始めたマイナー志向派。10年以上に亘って見続けてきた富士通サッカー部が川崎フロンターレになり、とうとうJ1に上がってしまった。でもマイナー意識は抜けず…。

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