Paper Dokuhon Blog ~SKY HIGH~

思ったこと、いま興味のあることを何でも書いていきます。芸能ネタ、ラーメンネタ、旅行ネタ、サッカーネタ、都市や地方ネタなどが中心になりそう。
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アイ アム チョーノ

ある洋服屋の5,000円無料券があったのを思い出した。有効期限を見たら明日。慌てて何か買いに出かける。
店内を見回すと、サイズが大きめでちょっと気になる黒いブルゾンを発見。胸のところをよく見ると、どこかで見覚えのあるサングラスのコワモテ顔と“ARISTRIST”の文字。そう、蝶野正洋のブランド「アリストトリスト」だったのだ。恵比寿にある直営店だけでなく、他の店にも展開するようになっていたとは。
ブルゾンの値段は9,300円。これで自腹4,300円なら安い(笑)。迷わず購入した。昨日のIWGPタッグ王座奪取のご祝儀だ(笑)。
ARISTRIST
ブルゾンに付いていたタグ。
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審判の判定は絶対と言うけど

本当は昨日見に行った浦和-川崎戦のことを詳しく書こうと思ったのですが、どうも書く気になれません。あまりにも家本政明という主審(それもSR(スペシャル・レフェリー=プロの審判ですぜ))がバカすぎて。
両チームとも不満だらけの訳の分からぬ判定の連続。シミュレーション、カード乱発、PK、得点取消、退場と報復措置…。詳しくは両チーム関係のファンサイトを中心にレポートや記事が星の数ほど出回っているので、それらを参照願いたいのですが。無責任かもしれませんが書けば書くほど腹が立ってきて、ブレーキが効かなくなりそうなので。
正直なところ川崎が負けて悔しい、という感じがしないのですよ。あんな主審に試合をぶち壊されたことが何とも腹立たしくてならないのです。

これまでも変な審判は何度となくどころか腐るほど見てきたのですが、こういう審判を野放しにしておいていいんですかねぇ?サッカー選手に憧れる子供たちにどう説明したらいいの?こんなのを見せられてなお「審判の判定は絶対」とか「審判に敬意を払え」などと言われるのは虫が良すぎるとしか思えません。嫌ならサッカーなんか見なくていいよ、と開き直っているようなもの。そんなにファンを減らしたい?
この間のW杯アジア予選のバーレーン-ウズベキスタン戦は、日本人主審の誤審のお陰で再試合になり、その審判には国際試合への招聘が行われなくなりました。日本人ならではの公平で正確と言われたジャッジへの信頼が国際的にも揺らいでいるのです。

Jリーグや日本サッカー協会は審判のレベルアップに努めていることを強調する一方で、審判について処分などは公表しない(審判の判定は絶対だから間違いなどあり得ないし認めない)という立場を堅持しています。
しかし、審判への信頼アップと、Jリーグや日本サッカーの維持発展のためには、現在の事なかれ主義、権威主義ではもう限界に来ている気がしてなりません。試合の効力を変えないことを前提に、審判の誤りを潔く認めたうえで処分を含めた措置を公にするような制度を導入する時期に来ているのではないでしょうか。

それにしても、退場を宣告されてエキサイトしていた都倉はともかく、怒りを抑えて大人の対応をした川崎の選手やスタッフ、そしてサポーターたちは偉いな、と改めて思います。
それは試合後の関塚監督の会見に象徴されていますね。
「(略)僕自身はこのチームで指揮をとれて誇りに思う。それがすべて。我々は勝とうとして持っているものすべてを出したが、我々を勝たせてくれない何かが働いていたと思う」
露骨な名指しをせず、間接的に不満を表す。大人の対応です。

埼玉スタジアム2002 レッズサポは熱い
埼玉スタジアム2002。いつ見てもレッズサポはすごい迫力。

終了間際の乱闘
試合終了直前のプレーから発した乱闘。川崎の都倉が一発退場、浦和のGK都築(倒れている青いユニフォーム姿)が警告。この判定も物議を醸している。

化学の力

テレ朝の新番組「検索ちゃん」を見ていて初めて知ったのだが、
ラーメンフリークが使う隠語に「アトム」という言葉があるという。化学調味料の意味。
「化学調味料」→「化学の力」→「科学の子」→「鉄腕アトム」→「アトム」なのだと。
ラーメンに限らず、グルメ気取りにとって化学調味料は非健康的で天敵のような存在である。「アトム」というヒーローの名前を持ち出したことには、ラーメンに人工的な要素を救世主のごとく持ち込むことへの皮肉の意味も込められているのではないか、と感じる。

こうした隠語はどういう経路で広まるのだろうか?
ラーメン好きの間で自然発生的に広まったものもあるだろうが、
ラーメンの著作が多数あるいわゆる“評論家”が意識的に使い始めて、その信者のようなラーメンフリークやマスコミがみんな真似して使うようになったものもあるのではないか?「背脂チャッチャ系」「青葉インスパイア系」など、絶対に仕掛人がいるに違いない(笑)。
いずれにせよ、広がるにはネットの役割も大きいだろうが。

停留所にネーミングライツ

富山にあるローカル線のJR富山港線が、来年から路面電車に改装され「富山ライトレール」として再出発する。
路面電車化に際して様々なサービス改善が予定されており、駅(停留所)の増設もその一つであるが、計4ヶ所増設されるこれらの停留所に「ネーミング・ライツ」(命名権)が導入されるという。

ネーミング・ライツとは、文字通り“名前を付ける権利”であり、この権利を例えば「3年間で5億円」とかで企業に売ることによって、その施設の維持費などを捻出するのだ。欧米では野球場やサッカー場の維持や赤字縮小のために以前から盛んに行われてきたが、日本でも一昨年あたりから「味の素スタジアム」「フクダ電子アリーナ」など導入例が増えている。
これまでのネーミング・ライツは大規模な施設が対象であったが、富山ライトレールの場合は停留所であることがユニーク。サービス改善のための停留所整備費調達や、開業後に予想される赤字の減少を狙っての思い切った作戦といえるだろう。
「○○前」という名称は停留所では当たり前だが、停留所に縁もゆかりもない企業や団体の名前が入るのである。金の論理で由緒ある地名や地元固有の施設名がないがしろにされるのは、地元の立場として抵抗もあるだろうが、金銭的に成功すれば全国の鉄道会社やバス会社、自治体などの注目を浴び、後を追う例が急増すると思われる。
誰か鉄道ファンでこのネーミング・ライツを買う物好きな金持ちはいないか?(笑)

千葉ロッテ31年ぶり日本一

阪神を4タテ。選手、監督、多くのファンが一丸となって勝ち取ったロッテの優勝にケチをつける気は決してないのだが…何だかすっきりしないのも確か。

まず、パ・リーグのプレーオフ。長いレギュラーシーズンを戦い抜いて圧倒的な差を見せ付けて1位になったのに「優勝」できなかったソフトバンク。それも2年連続プレーオフでの敗退である。あの王監督が涙を浮かべ、愚痴らしき言葉をこぼしたというのも分かる気がする。レギュラーシーズン136試合の苦闘が、プレーオフのわずか3敗のせいで水泡に帰してしまったのだ。
セ・リーグとの差別化、敗者復活戦的思想やメジャーリーグ的制度の導入、首位独走チームが出ることによる優勝争い消滅の防止…そしてこれらの根底にある目標が、パ・リーグの人気回復とTVの視聴率アップ。その目的のために、ある程度の矛盾や批判は覚悟の上で、レギュラーシーズン軽視ともいえるプレーオフ制導入に踏み切ったと言える。

果たして、2年連続して2位のチームがプレーオフを制した。ソフトバンクには気の毒だが、こういう矛盾する事態も当然甘受しなければならない制度であることは確かだ。それにしても、あれだけ離されながら3位でプレーオフに出られた西武が優勝しないでよかった、とつくづく思う(笑)。
一方で今季のプレーオフはTVの地上波で完全な全国放送は実現しなかった。この制度に視聴率アップ狙いが絡むのであれば、衛星放送やネットの動画配信よりも、むしろ野球好きの中高年層をターゲットにした地上波での完全生中継を優先的に実現させなければならなかったはずだが。

もう一つの問題は「待たされる」不公平である。
西武を破り、その勢いでソフトバンク、そして阪神と次々に撃破したロッテ。ソフトバンクや阪神は2週間前後も試合から遠ざかってエンジンがかからぬまま、ロッテの勢いに圧倒されてしまった感がある。
2位と3位でまず争い、その勝者が1位と戦う現在のプレーオフで、1位のチームがある程度待たされるのは不可避である。であれば、アドバンテージ(プレーオフはすべて上位チームの本拠地で行う他、レギュラーシーズンで5ゲーム差以上ついたら自動的に1勝が与えられる)を更に拡大するなど、いろいろ知恵を絞って1位のチームが報われるような制度にしていって欲しいものだ。

阪神の敗退だが…これはセ・リーグの日程作成のミスというか無策が招いた敗戦ではないか。パはパ、セはセ、と独自の日程を組んでいてはもう勝てない。プレーオフ導入によるパの日程を十二分に意識したうえで、ブランクが最小限になるような組み方をセも考える時期に来ているだろう。

東京の激戦区に挑む地方の味

夕方、神田錦町の東京電機大学の近くを歩いていたら、新しいラーメン屋を発見した。「暖暮」(だんぼ)。
間口が狭く、カウンターだけながら落ち着いた雰囲気。入口や店内に「九州ウォーカー」など掲載誌の記事が貼られ、有名度をアピールしているのはよくあるパターン。本店は博多に近い二日市というところにあり、この神田店が東京進出1号店のようだ。
味はというと…客席が1つ1つ仕切られていることで話題になった「一蘭」「康竜」によく似ている。癖のあるスープも脂っこさも。豆板醤のような辛味ペースト(地元では“赤こしょう”と呼ぶ)をのせるところも共通している。私にとっては新鮮味に欠けるかな…。豚バラを使ったチャーシューは柔らかくて好み。

この界隈は学校もオフィスも多く、神保町にも隣接していることから、飲食店の激戦区となっている。特にラーメン屋の争いは熾烈で、行くたびに新しい店ができたり潰れたりしている印象。
暖暮の近辺も半径50m圏内だけでざっと5,6軒のラーメン屋があるだろう。この範囲には以前から別の博多ラーメンの店もあり、差別化を図ったり宣伝を工夫しないと“新規参入”はかなり厳しいのではないか。
世界中の味が集まる東京だが、ラーメンブームやグルメブームに乗り、満を持して東京へ進出しても、夢破れて撤退を余儀なくされる例は山ほどある。東京の自称グルメたちは思いの外シビアだ。しかしせっかく出てきたからには踏ん張って欲しいものだ。

この日、私が暖暮に入ったときには先客が1人だけ。2軒ほど先の中華料理屋は閑古鳥で、店のおかみさんがやるせなさそうに道路に出てきょろきょろしていた。しかし更に数軒先にある別の店は満席の大盛況。らーめんの他にも様々なメニューがあり、どれも安くてボリュームがあるらしい。

(追記)
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あの惨事から1年

1年前の2004年10月23日。
渋谷でライブを見た後、夕方から公園通りのビルにある飲食店で飲んでいた。
午後6時前、地震。関東では地震は茶飯事なこともあり、それほど驚かなかったが、揺れ方がいつもと違う。船が揺れるようなゆっくりと大きな横揺れ。それが2分ほども続いた。縦揺れではないので震源からは遠いだろうが、きっとどこかで被害が出ているのではないか、と直感した。間もなくそれが新潟県の中越地方だったと知り、愕然としたものだ。
同じ新潟でも海岸沿いは1964年の新潟地震などの過去があるだけに地震が起こり易い地域という認識があったのだが、中越地方のそれも内陸部は地震とは無縁の地域だと思っていた。

新潟県中越地方は私が生まれたところで、多くの親戚が今もいる。幸い身内で被害に遭った者はいなかったが、犠牲者は51人、負傷者は約4,800人に上り、住宅約1万7000棟が全半壊した。美しい山や棚田の風景が崩れた土砂とせき止められた水で無残な光景に変わった。渓谷沿いの道路を走行中の車が崖崩れの下敷きになり、潰れた車の中から奇跡的に坊やが救出された。上越新幹線は新幹線開業40年目にして初の営業運転中の脱線事故。タイミングが悪ければ時速200km近いスピードで衝突事故を起こすところだった。

あれから1年。被害の多くが山間部で地形が険しいうえに国内屈指の豪雪地帯でもあることから復旧は進まず、今もなお9千人余りが仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。
ここ数年、新潟県は地震、度重なる水害、犯罪などあまり良いニュースを聞かない。越後人の端くれとして、新潟の復興と発展を願うものである。

千葉駅の駅弁

時代の流れから駅弁を売る駅が減っていく中で、千葉駅で駅弁を売る「万葉軒」はなかなか健闘しています。
千葉の花をイメージした「菜の花弁当」「焼蛤(やきはま)弁当」などオリジナリティある駅弁を古くから考案していますが、中でも私が気に入っている傑作は「トンかつ弁当」。ご飯の上に巨大なカツがドカンとのっているだけ。器は透明のプラスチック容器で、徹底的にシンプル&コストダウンにこだわった商品。高校生に人気があるとか。昨日のフクダ電子アリーナにも買って行き、食べながら観戦。
万葉軒のトンかつ弁当

その規模や知名度や伝統などから、千葉の万葉軒、シウマイで有名な横浜の崎陽軒、鯵の押し寿司で知られる小田原の東華軒が首都圏における駅弁老舗御三家ではないか、と勝手に思っているのです。日本で初めてサンドウィッチを駅弁として販売した大船軒も捨てがたいのですが…。
埼玉はダメですね。鉄道の街として発展してきた大宮の駅弁も今は東京の業者の取り寄せだし。

フクダ電子アリーナ

そんなわけで、千葉市の蘇我まで行ってきました。
千葉駅から2駅、東京からなら京葉線の快速で40分余りの終点。
ジェフ千葉の新しい本拠地・フクダ電子アリーナ、略称フクアリ。なかなか良いです。
蘇我駅から整備中の広い歩道をまっすぐ歩くこと約8分。駅からの立地や沿道の雰囲気は味の素スタジアムに似ているような。国道を広い歩道橋で渡るところも共通しています。
フクダ電子アリーナ入口

もともとはJEFならぬJFE(川崎製鉄と日本鋼管が合併)千葉製鉄所の跡地に建てられたもので、周囲はまだ空き地のまま。工場も一部が稼動していて、もうもうと吐き出される煙を仰ぎ見ながらのサッカー観戦です(笑)。
さすがサッカー専用スタジアムだけにピッチと客席が近くて見やすいのが最大の魅力です。仙台スタジアムをやや簡素にしたような雰囲気で、屋根はスタンドの前の方にはかからない構造。今日みたいな時々雨の天候では、前6列目くらいまでの客は雨がっぱ必須。
フクダ電子アリーナのピッチ全景

この手の箱物は、えてして金をかけた豪華な造りになりがちですが、フクアリはコストダウンを図った跡があちこちにあります。
手すりや仕切りはいちばん安そうな銀色の金網(写真左)。
男子トイレの外壁は家のガレージの屋根などに使う、軽い半透明の波型板・ポリカーボネイド(写真右)。意外に透けないものです(笑)。
フクダ電子アリーナから見た外の風景 フクダ電子アリーナのトイレ

先週、こけら落としが行われ、今日がフクアリ2試合目となる千葉-神戸戦。試合自体は4-0で千葉の圧勝でした。神戸はもうJ2降格が決まったかのような元気のなさ。
試合終了の頃には雨も上がり、夕焼けがきれいでした。
フクダ電子アリーナの夕焼け

ヒゲ面のサッカーおじさんと川崎フロンターレ

私が育ったのは旧浦和市(さいたま市)で、Jリーグが発足してレッズができるずっと前からサッカーが盛んな地域だった。
日曜になると小学校の校庭にヒゲ面のおじさんがやってきて、子供たちにサッカーを教えていた。風体は「ジャージを着た浮浪者」みたいな感じで、とても少年サッカーの指導者のイメージではなかった。あのおじさんの正体も、サッカーがどれだけのレベルだったのかも、未だに知らない。
ただし、そういう地域にいながら私自身はサッカーにはほとんど興味がなく、本格的にサッカーに関心が向くようになったのは社会人になってからである。

ちょうどJリーグが誕生し「ドーハの悲劇」が国民的な注目を浴びた時期。しかし当時はJ開幕バブルでチケットはなかなか取れず、試合はTVで見るしかなかった。
その頃、私は仕事の関係で川崎の等々力陸上競技場の近くにある富士通の工場に常駐していた。毎週金曜の午後になると社内放送で、
「当社サッカー部は来たる10月23日日曜日、等々力陸上競技場におきまして、ジャパンフットボール第25節、東京ガスとの試合を行います。社員の皆さんの、多数の応援をお願いします」
どこかの宗教じゃないが、毎週のようにそんな放送を聞かされるうちに、自宅が近かったこともあって、当時JFLだった富士通サッカー部の試合を時々見に行くようになった。
等々力はヴェルディのおかげで屋根付きのスタンドやオーロラビジョンが設置されたばかりで新しくきれい。だがJFLの、それも企業チームの試合はJの喧騒とは全く無縁で、なんとものんびりしたものであった。休日の午後、観客のまばらなスタンドで試合を観戦するのは至福のひとときであった。
時々、富士通の社員が半強制的に観客動員させられる試合もあり、入口で配られた青のグッズで等々力のスタンドが染まった風景には、やがて体感するJの雰囲気を予感させるものがあった。

間もなく、富士通サッカー部も川崎フロンターレに生まれ変わり、本格的にJへの道を歩むことになった。勝ち点1差での昇格失敗、J参入戦での土壇場での逆転負け、昇格、1年で降格、度重なる監督交代…と苦難が続く中で、着実に川崎市民の心をつかんできた川崎フロンターレ。苦楽をともにしてきたサポーターも、等々力の雰囲気も、熱心ながら温かい。味方の選手にブーイングなんてめったに起きない。たぶんレッズやFC東京あたりのサポーターから見れば、なんとも生ぬるく感じるかもしれない。でもその温かさがJFL時代から続く川崎の持ち味だと思っている。

だから私は好きなサッカーチームを聞かれたら迷わず川崎フロンターレと答える。
しかし他の試合もよく見に行く。休日で暇な時に近場でJやJFLの試合があれば行くし、旅行はここ数年、地方の試合観戦と絡めることがほとんどである。事実、これを書き終わったら、先週オープンしたばかりのフクダ電子アリーナに千葉-神戸戦を見に行く(笑)。
サッカー場の雰囲気や、選手、審判、監督、そして観客が織り成す「人間模様」が好きなんだろうな、と自己分析をしている。
等々力競技場
等々力陸上競技場

「美味しいラーメン屋を教えて」

私はあちこちでラーメン好きを公言してきたせいもあって、よく知人から「おいしいラーメン屋を教えて」と聞かれる。しかし教えてあげた後、「教えてもらったあの店行ったけど、おいしかったよ」と感謝されたことは意外に少ない。
「おいしくなかった」 「俺の好みじゃない」
と逆ギレされたこともある。せっかく親切に教えてやったのに、である。
「おいしいラーメン屋といっても、自分が好きなラーメン屋ですからねぇ。あなたの口に合うかどうか」と念を押しても、
「いいからいいから。児山さんがお薦めの店なら絶対間違いないから」
その挙げ句が「おいしくなかった」である。まったくもってわがままとしか言いようがない(笑)。
人間の好みは十人十色、百人百色。国民食といわれるラーメンならばなおさらである。百人いれば百人それぞれ異なる№1があって当然。自分だけにしか通用しない好みの選択を他人に任せること自体、非常に虫が良いというか、もともと無理がある話なのだ。

だから、私は雑誌やインターネットでよく紹介される有名店の評判とか「行列のすごさ」は信用しないようにしている。あくまで、ここにこういうラーメン屋がある、という情報のひとつに留めている。
そういう有名店にも話の種に行って食べてはみる。普通にうまいと思った店はあっても、電車を乗り継いでも長時間並んででもぜひまた食べに来たい、と思った店はほとんどない。

無責任だとか他人任せは良くないとか説教したり愚痴ったりしても仕方ない。
最近は、おいしいラーメン屋を聞かれたら決まって聞き返すようにしている。
「どんな味のラーメンが好きですか?醤油、塩、味噌、豚骨、いろいろあるけど」
好みを聞いて範囲を絞り、その中で児山なりに印象深い店を1、2店挙げるのだ。何だか自分自身が検索ソフトになったような気分(笑)。
このほうが満足してもらえる確立は高くなると確信しているのだが、今のところどれだけ効果が出ているかは分からん…。
ラーメン(イメージ)
写真はイメージです(笑)

東京パフォーマンスドール

1990年。おニャン子クラブも既に解散し、アイドル冬の時代と言われていた頃。
原宿の小さなライブハウスで女の子たちによる定期的なライブが行われ始めた。
MCもなく、いろいろなコスチュームで外国曲のカバーを歌い踊る少女たち。宝塚を思わせるミュージカル仕立ての構成。そこには独特の緊張感と、既成のアイドルに飽き足らないファンを惹きつける何かがあった。
陽の当たる場所へ這い上がろうとする彼女たちのひたむきな姿に、最初は数えるほどしかいなかった客も回を追うごとに次第に増え、やがてライブハウスが連日超満員になるまでになった。チケットは入手困難なプラチナチケットに変わっていった。
ライブにずっと通い続けてきたファンの間にはいつしか、周囲を寄せ付けない強い連帯感、そして自分らがこの子たちをずっと見守ってきて一緒に育ててきたんだ、というプライドが生まれていた。

やがて女の子たちは原宿のライブハウスを飛び出し、日本青年館や東京厚生年金会館など大ホールでのライブが中心になっていった。平行してメディアへの露出も増え、レギュラー番組を持つほどになった。そして結成から3年、ついに武道館の2Daysコンサートが実現した。
だが劇的に増えたファンの中で、初期からのファンにはなんとも言えぬ失望感というか虚無感のようなものを持つ者もいた。…こんなんじゃない。自分が応援し続けてきた女の子たちが、自分の想いとは違う方向へ進んでいってしまう。あの小さなライブハウスで歌い踊る姿こそが、一番輝いていたはずなのに…。武道館をきっかけに離れてしまったファンも確かにいた。
その後、横浜アリーナでのコンサートも実現させた彼女たちだったが、やがてその活動にも終焉の時期がやってきた。女の子たちはそれぞれ別々の道を歩き始めていった。マイペースで音楽活動を続ける子もいれば、完全に普通の女の子に戻った子もいた。世を席巻する大物音楽プロデューサーに見出され、ミリオンヒットに恵まれて一躍スターに躍り出た子もいた。

おニャン子みたいに社会現象になるほどでもなく、武道館コンサートを実現させながらも結果的に一部のマニアックな人気だけで終わってしまった彼女たち。だが、その精神や手法は、後のダンスユニットブーム、そしてハロプロの隆盛への先鞭をつけたものであった。
決して恵まれなかった冬の時代を懸命に生き抜き、次の時代への足がかりを築いた彼女たちを、今も誇りに思っている。
PA210041_320.jpg

STARTしましょう

10月22日。もう何回目の誕生日かな。
今更じたばたしたり、自分の中の何かが変わったりするものでもありませんが、
ふと思い立ってブログを始めることにしました。
義務感にとらわれない程度にマイペースで続けていくつもりです。
今まで児山や「Paper Dokuhon」のことをご存知の方も、そうでない方も、よろしくご愛顧のほど。
島原の足湯
長崎県島原の足湯にて
プロフィール

児山尚喜

Author:児山尚喜
新潟生まれの埼玉育ち。AB型。
自称・まじめな勤め人。ただの町人。
好奇心大。趣味多数。しかし何一つ仕事に生かされておらず、職場では一目置かれるどころか“役立たず”扱いらしい。おかげで出世レースからも早々と脱落し、ますます趣味にのめり込む悪循環の生活を送っている。
1990年代前半にごく一部で話題になり篠原涼子などを輩出した女性アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」のファンを自認するが、今はグループ自体が消滅して、ここでも宙ぶらりんの状態(笑)。
サッカーなどスポーツ観戦も趣味だが、Jリーグより先にJFLを観戦し始めたマイナー志向派。10年以上に亘って見続けてきた富士通サッカー部が川崎フロンターレになり、とうとうJ1に上がってしまった。でもマイナー意識は抜けず…。

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