Paper Dokuhon Blog ~SKY HIGH~

思ったこと、いま興味のあることを何でも書いていきます。芸能ネタ、ラーメンネタ、旅行ネタ、サッカーネタ、都市や地方ネタなどが中心になりそう。
2017/05«2017/06 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 »2017/07

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大木金太郎さん死去

訃報:大木金太郎さん77歳=頭突きの元プロレスラー
1960~70年代に必殺技の頭突きで活躍した元プロレスラーの大木金太郎(おおき・きんたろう、本名・金一=キム・イル)さんが26日正午(日本時間同)過ぎ、ソウル市内の病院で死去した。77歳だった。
毎日新聞

頭突きで一世を風靡した名レスラー、大木金太郎
昭和33年、力道山に憧れて韓国から密入国。警察に捕まるも、拘置所から力道山に宛てた手紙が心を動かし、力道山自らが身元引受人となって釈放され、晴れて日本でレスラーの道を歩み出す。若手時代には後輩の馬場、猪木と共に「三羽烏」と呼ばれ、将来を嘱望された。なお、大木は猪木のデビュー戦の相手をつとめ、大木が勝っている。

力道山亡き後、昭和40年代以降は韓国と日本を往復する形で両国のプロレス発展に寄与。力道山ゆかりのインターナショナル・ヘビー級王座(現在は全日本の「三冠ヘビー級王座」のうちの1本として統合)も長きにわたって保持した。
生涯力道山を「先生」と慕い、力道山ゆかりの日本プロレスを離れて新団体を立ち上げた猪木、馬場に挑戦状を叩き付け、ともに一騎打ちを実現させた。特に猪木との血染めの戦いは、プロレス史に残る凄惨な試合として語り継がれている。
その後は主に馬場の全日本プロレスを中心にリングに上がり、アブドーラ・ザ・ブッチャーボボ・ブラジルら頭突きの名手との抗争、愛弟子のキム・ドク(タイガー戸口)とのタッグなどで活躍。一時はラッシャー木村の国際プロレスにも所属した。

長年の頭突きの後遺症で晩年は闘病生活が続いたが、日韓で行われるさまざまなプロレスイベントに病をおして来場。特に後輩でライバルでもあった猪木とのつながりは深く、猪木が病床を見舞ったり、猪木の招きで来日もしている。今年2月に恩師・力道山の墓参りを行なったのが最後の来日となった。

馬場も、ボボ・ブラジルももういない。そして昭和のプロレス史を飾った名レスラーがまた一人、この世を去った。
ご冥福をお祈りする。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

児山尚喜

Author:児山尚喜
新潟生まれの埼玉育ち。AB型。
自称・まじめな勤め人。ただの町人。
好奇心大。趣味多数。しかし何一つ仕事に生かされておらず、職場では一目置かれるどころか“役立たず”扱いらしい。おかげで出世レースからも早々と脱落し、ますます趣味にのめり込む悪循環の生活を送っている。
1990年代前半にごく一部で話題になり篠原涼子などを輩出した女性アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」のファンを自認するが、今はグループ自体が消滅して、ここでも宙ぶらりんの状態(笑)。
サッカーなどスポーツ観戦も趣味だが、Jリーグより先にJFLを観戦し始めたマイナー志向派。10年以上に亘って見続けてきた富士通サッカー部が川崎フロンターレになり、とうとうJ1に上がってしまった。でもマイナー意識は抜けず…。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。