Paper Dokuhon Blog ~SKY HIGH~

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元国際プロレス・グレート草津さん死去

ラグビー元日本代表で、国際プロレスなどで活躍した往年の名レスラー、
グレート草津さん(本名草津正武=くさつ・まさたけ)が21日午後1時5分、
入院先の静岡県内の病院で死去した。66歳だった。

日刊 東京中日

グレート草津と聞いて、その現役時代を知る人が今のプロレスファンでどれだけいるだろうか。
いや、たぶん名前と顔を知る人ももう少ないのではないか。
むしろ「グレート草津」の名を継いでK-1で戦っていた息子の方を思い浮かべる人も
多いのではなかろうか。
グレート草津(親父の方。以下同じ)が所属していた国際プロレスが解散したのが
1981(昭和56)年。今から27年も前の話であるから、若い人にとっては昔話でしかないかも。

190cmを超える長身と俊足でラグビーのロックとして活躍し、日本代表にも選ばれたが
プロレスに転向。相撲出身者が多い当時のプロレスラーの中では異色の経歴だった。
力道山亡き後の日本プロレスに入門、間もなく国際プロレス旗揚げ時に引き抜かれる形で移籍。
当時国際プロレスをバックアップしていたTBSの強いプッシュで若きエースとして売り出され、
絶対的な世界王者だった鉄人ルー・テーズとのシングル戦まで組まれた。
もともと格が違うミスマッチではあったが、その一戦でテーズの必殺バックドロップを食らって失神、
これで草津の評価がガタ落ちになったとされる。
以後は二番手的な立場に甘んじ、シングルのタイトルを獲得することは最後までなかった。

私は小さい頃、TV(東京12ch→テレ東)で国際プロの中継をよく見ていたので
草津のファイトは比較的覚えてはいるが、その記憶を確認・補強する意味で
昨年買った国際プロレスのDVDを今、改めて見ている。
草津はオーソドックスな昭和スタイルのプロレスで、
コブラツイストやブレーンバスター、足四の字など技は多彩で器用さは感じるものの、
とりわけ目を見張る個性があるわけではない。
ラッシャー木村らを立てるため自分を抑えていた部分もあったようにも見えるが、
この無個性さがエースに届かなかった一因かな、とも思えるのだ。
しかし浜口や井上など小柄な選手が多い国際プロの中で、190cm台の草津は
大型の外国人と体格で互角に亘り合える貴重な存在であった。

国際プロ解散後、ラッシャー木村、アニマル浜口、マイティ井上など主力レスラーは
新日本や全日本など他団体に活躍の場を求めたが、
草津はそのまま引退、一般企業に就職した。時に39歳。
まだまだやれたはずだが、国際プロレスの旗揚げから解散まで所属した
唯一のレスラーとして、また団体の運営幹部の一人として、
国際プロへの忠誠心やこだわりが人一倍あったのではないかと思う。

坂口征二とは同年齢で出身地も近く(坂口が久留米、草津が熊本)、身長も背格好も似ている。
TVを見ていて子供ながらに「坂口がこっちのプロレスにも出てる」と驚いたものだった(笑)。

もともと大酒飲みで知られ、晩年は闘病に明け暮れたのは報道の通り。
3週間ほど前から週刊プロレス誌にて息子で元K-1ファイターの2代目・グレート草津が
父親の現役時代を回顧する形の「『グレート草津』を訪ねて」を連載している。
父親の死期が近いことを察しての緊急連載、というのは穿った見方か?
連載完結が間に合わなかったのは無念だ。

ご冥福をお祈りする。
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プロフィール

児山尚喜

Author:児山尚喜
新潟生まれの埼玉育ち。AB型。
自称・まじめな勤め人。ただの町人。
好奇心大。趣味多数。しかし何一つ仕事に生かされておらず、職場では一目置かれるどころか“役立たず”扱いらしい。おかげで出世レースからも早々と脱落し、ますます趣味にのめり込む悪循環の生活を送っている。
1990年代前半にごく一部で話題になり篠原涼子などを輩出した女性アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」のファンを自認するが、今はグループ自体が消滅して、ここでも宙ぶらりんの状態(笑)。
サッカーなどスポーツ観戦も趣味だが、Jリーグより先にJFLを観戦し始めたマイナー志向派。10年以上に亘って見続けてきた富士通サッカー部が川崎フロンターレになり、とうとうJ1に上がってしまった。でもマイナー意識は抜けず…。

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