Paper Dokuhon Blog ~SKY HIGH~

思ったこと、いま興味のあることを何でも書いていきます。芸能ネタ、ラーメンネタ、旅行ネタ、サッカーネタ、都市や地方ネタなどが中心になりそう。
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訃報続々

芸能人とか著名人の訃報を聞くと、時代の流れを感じるとともに、
寂しさとか怖さが入り混じった、なんとも複雑な気分になるものだ。

加藤和彦さんの自殺はショックだった。
実家にフォーククルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」のレコードがあり、
小さい頃から何度も聴いていた。
回転数で声色を変えたボーカル、曲間の関西弁の神様の台詞、
終わりが、読経にかぶさるようにクラシックの「エリーゼのために」で天国のイメージ。
今から41年も前(1968=昭和43年)に、こんな遊び心溢れた曲を作って一世を風靡した
期間限定ユニットがあったなんて。

日本よりもイギリスで評価が高かったと言われるサディスティック・ミカ・バンド
タイムマシンにおねがい」を今改めて聴くと、
いきなり高音のサビから始まるところで、すげぇー!と思わされる。
曲も歌詞も35年前(1974=昭和49年)とは思えぬ斬新さ。
演歌でもフォークでも歌謡曲でもない、日本のロックの先駆け的存在として
その先見性に敬服する。
最近の楽曲で、35年経っても評価されそうな曲がどれだけあるだろうか。

常に時代の先を行く楽曲を発信し続けてきた加藤和彦さんだが
近年はうつ病に苦しんでいたという。
人気作曲家ゆえの周囲の期待、現実、プライド。
芥川や太宰、川端康成に通じるものがある、という評論は飛躍しすぎだろうか。


プロレスラー、剛竜馬さん。
たぶん最近のプロレスファンは知らんだろうな、この人。
報知 日刊 デイリー

かつてはジュニアヘビー級時代の藤波をライバルに好勝負を演じ、
藤波を破ってWWFインターナショナルジュニアヘビー級チャンピォンに就いたこともあった。
79年、20代前半のこの頃を全盛期と思うプロレスファンも多いのではなかろうか。
80年代はメジャー団体を転々とし、前田をエースに旗揚げしたUWFにも参加。
90年、インディー団体の草分けとされる「パイオニア戦志」を旗揚げ、
以後はインディーで活動を続ける。

もともと剛竜馬のファイト内容は地味で不器用でアピール度に欠け、
旗揚げ戦で剛の相手を務めた大仁田厚が電流金網爆破デスマッチでブレイクするなど
乱立しアピールし合うインディー団体の中で、存在が埋もれつつあった。
だが、その不器用さが逆に一部ファンにウケて「プロレスバカ」と呼ばれるようになり、
試合中に出す掛け声「ショアッ!」、観客の「バーカ、バーカ」コールとともに
剛の人気が上がっていった。

しかし金銭や体制におけるトラブルも多かったとされ、
90年代後半からは試合の機会に恵まれず
会社勤めやアルバイトで生計を立てる日々が続く。
2003年1月には新宿駅でひったくりを起こして逮捕(本人は否認)、
不起訴になったもののその後は一部のインディー団体にスポット参戦するのみだった。

交通事故による右手骨折からの感染による敗血症、という
本人にとって望まなかったであろう最期だったのが無念。


三遊亭円楽さんも死去。→報知
世間的にはやっぱり笑点なのだろうな。
43年前の番組放送開始から出演し、司会として23年。
落語の魅力を世間に知らしめてくれた功労者。
私も笑点を見て寄席に行った一人だし。

昭和40年代、ダンディーないでたちと
「星の王子様」「湯上りの顔」「ベルサイユのばら」など数々のキャッチフレーズ、
積極的なTV出演で人気を博していたのを最近の人は知らないだろう。
タレント好感度ランキングで1位になったことも。

故人のご冥福をお祈りする。

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プロフィール

児山尚喜

Author:児山尚喜
新潟生まれの埼玉育ち。AB型。
自称・まじめな勤め人。ただの町人。
好奇心大。趣味多数。しかし何一つ仕事に生かされておらず、職場では一目置かれるどころか“役立たず”扱いらしい。おかげで出世レースからも早々と脱落し、ますます趣味にのめり込む悪循環の生活を送っている。
1990年代前半にごく一部で話題になり篠原涼子などを輩出した女性アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」のファンを自認するが、今はグループ自体が消滅して、ここでも宙ぶらりんの状態(笑)。
サッカーなどスポーツ観戦も趣味だが、Jリーグより先にJFLを観戦し始めたマイナー志向派。10年以上に亘って見続けてきた富士通サッカー部が川崎フロンターレになり、とうとうJ1に上がってしまった。でもマイナー意識は抜けず…。

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